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韓国人男性の主張

テレビ東京のハロー!プロジェクトの番組『ハロー!モーニング。』内でのある韓国人男性の主張。根拠不明。じゃんけんのような三竦みの遊びは世界各地で見られる。[94]
おかず 2008年6月9日に行われた映画『食客』の制作発表会において俳優チェ・ブラムが「日本の人々の食べるおかずは、大体が我が国に由来したものが多いのに、私たちが(食の世界化に対して)和食に後れをとる理由がない」、「21世紀は文化戦争の時代であり、日本は金を投入して日本食を世界に伝えている」等と発言をし、韓国起源説を主張した。また同席したクォン・オジュンも「我が国の韓食は薬になるほど優秀で、競争力がある。日本に(食の世界化)ができて我々にできない理由がない」と発言をした。
主張を裏付ける資料も存在せず根拠不明。

うどん ホン・ユンキ韓国外国語大学教授の主張。うどん(麺)も元々をたどれば中国起源であり、朝鮮半島起源ではな。
豆腐
蕎麦 キム・ヨンボク慶南大学伝統食生活文化研究院長が「韓国のメミルククスを日本が模倣して蕎麦が誕生し、韓国のトゥブから日本の豆腐が生まれた。」と主張している[97]。またウィークリー京郷が「日本の豆腐は朝鮮から伝授を受けたもので、壬辰倭乱(文禄の役)の時に晋州城主の朴好仁が教えてあげたのが始まり」「朝鮮が豆腐作りに一番優れていて中国と日本から教えを請いに来た」「日本に豆腐が一番遅く400年前に日本に伝わったのに、日本豆腐が世界を支配するのが切ない現実だ。」「朝鮮の豆腐の伝統は日帝36年の間に消えた。」「韓国豆腐の優秀性が世界に認められ、豆腐文化宗主国の位相を再確立するチャンスが来た。」と主張している[98]。
しかし、両方とも原型は奈良時代に遣唐使により日本に伝えられたもので、韓国起源もしくは韓国を経由して日本に伝わったものではない。また日本人がよく知る現在のような蕎麦や豆腐は日本で発展したものである。さらにキム・ヨンボクは「日本は日本文化の形成に多くの影響を与えた国に中国を指し示したいだろうが、韓国が絶対的でその次が中国、ヨーロッパなどだ。」と事実無根の主張をし、日本文化全般に対する韓国起源説までも主張している。

日本酒 日本人研究者が慶州の法酒は日本酒の先祖のようなものだと語った。さらに、近年、日本酒のルーツがマッコリであると多くの在日朝鮮人系酒店及び韓国料理店がWebサイトにて主張して問題となっている。
この主張は誤りであり、日本酒の本来のルーツであるどぶろくは口噛みの酒などに遡る事ができ、その発展と共に発酵方法や歴史的な流れも異なる。また、古事記の記述の誤読で起源を主張している場合もある。

寿司
刺身 ロサンゼルスのコリアタウンで寿司屋を経営しているキム料理長が「スシとサシミは元来、中国と韓国に由来するもので、日本にはスシが自分たちの食文化だと主張する権利が無い」「日本は第二次大戦以後にスシを食べ始めたが、韓国と中国は数千年間、スシとサシミを作ってきた」と主張した。[100]。また、キム・ヨンボク慶南大学伝統食生活文化研究院長は「韓国の食べ物パプシッケを模倣したのがスシ(壽司:すうし)だ。1700~1800年頃寿司が最初に開発されて日本の代表的食べ物であるハコスシ(箱すし:サンジャチョパプ)が創造された。」と主張している[101]。
「日本は18世紀、もしくは第二次大戦以後に寿司を食べ始めた」というのは荒唐無稽の主張で、現在世界中で知られている一般的な握り寿司の初出は、19世紀初頭の華屋與兵衛が創作した江戸前寿司とされる。酢飯を使った寿司の起源は必ずしも明確ではないが、少なくとも17世紀には存在したことが確かめられており、刺身の起源は14世紀までさかのぼることができる。魚介類の生食については日本では古代から広く行われ、『日本書紀』で磐鹿六雁命が景行天皇に鰹と蛤の膾を出したとの記述があり、これが日本料理の起源という伝説がある。

醤油 韓国の液体調味料の専門企業トンウンFCは、「しょう油は韓国が元祖」であるとし、「世界市場で韓国の伝統醗酵食品のしょう油が日本の製品のように認識されていることを正したい」と主張している[102]。また、2006年10月に開催された韓国骨董食品芸術展を紹介するvoice of peopleの記事において、「日本は韓国から醤油を仕込む方法を伝えられて受けたが、じめじめする気候によって天然醗酵が不可能だった日本は、醤の効能は優れていないが産品化を先に成功させ、大量生産による強い価格競争力で宗主国である韓国市場は蚕食されている。」とまで主張している[103][104][9]。
カンジャンという醤油に似た調味料はあるが、醤油とは別物である。なお、2001年の韓国での全生産量に占める伝統的なカンジャンの割合は1.4%である[105]。

海苔 韓国CBSノーカットニュースによると「我が国の海苔養殖が日本より先立って事実上世界初という事実を知っている人はあまり多くなく、海苔をキムチのように我が国の代表的な食べ物に育成しなければならない。」と主張している[106]。
板海苔は、江戸時代における和紙技術進化の派生により発生したものであり、その起源が江戸期の日本であったことは各種資料と交易記録からも明白である。

しゃぶしゃぶ 韓国の料理研究者らが、「しゃぶしゃぶは日本やモンゴルの食べ物ではない、高麗時代に韓国からモンゴルに伝わった料理である」と主張している。根拠不明[107]。
和牛 韓国の『月刊外食経営』において弥生時代の中ごろに朝鮮半島から日本列島に持ち込まれた牛があることを論拠に起源を主張している[108]。
しかし、そもそも和牛とは、明治時代に日本在来の牛と欧米の牛とを掛け合わされてできた、黒毛和種・褐毛和種・日本短角種・無角和種の食肉専門4品種の牛のことであり、公正競争規約上の定義では、上記の4品種間の交雑種及び4種の交雑種を含む5品種間内の交雑種が「和牛」と名乗ることを認められている。また、南部牛のように、北方から日本列島に持ち込まれた牛の存在を無視しており、朝鮮島由来の牛の血統が混じっていることを拡大解釈し、日本列島で行われた品種改良を一切無視している。

日本(国家) カン・ドンミン韓民族文化研究院理事長が「隣国である日本の歴史には、古代にまで遡るほど、すべての部分にわたって我が民族の歴史が現れる。その理由は我が民族が日本を作ったからでもあるが、日本のすべての文化が我が方から伝授されたものでもあるからだ。」と主張し日本という国家を作ったのは韓国人であると主張している[109]
遣隋使や遣唐使や、日本仏教の歴史に大きくかかわった鑑真や空海や最澄が東シナ海を往来した歴代中国王朝との直接海上ルートの存在を無視し、日本列島で独自に発祥・発展したあらゆる文化の存在も一切無視している。

日本(国号) 貿易会社サムエ社の朴定和(パク・ジョンファ)代表理事が、「日本」という国号を創案したのは7世紀の高句麗僧・道顕であり、それ以前の日本の通称である「倭」は伽倻の別称であった。つまり古墳時代はもちろん、奈良時代まで古代日本の主流階層は韓半島(朝鮮半島)から渡った渡来人だったと主張した。[110]。また、歴史学者の朴炳植(パク・ピョンシク)が韓国語の「イルボン」が日本語の「ニッポン」の起源であると主張しており、朝鮮半島に存在した部族国家「ウガヤ」の国号が「ヤマト」であり、彼らが日本に渡り新しい国家「ナラ」を建てたと主張している[111]。
しかし古代の朝鮮半島の言語は全く解明されておらず、「日本」の現代韓国語読みの「イルボン」を「ニッポン」の起源と主張するのは無理がある。

日本語 言語学者のシミズキヨシと元オーストリアのウィーン大学教授と九州産業大学の韓国語講師パク・ミョンミが、日本語の起源は韓国語である主張している。
韓国語と日本語は語順、助詞の存在等文法的に似ている点が認められ、日本国内でも日本語と韓国語の関連性の研究は古くからなされている。しかし、現在は一般的に日本語・韓国語いずれも孤立した言語とされており、少なくとも基礎語彙の関連性は極めて薄いとみなされている。一般的に、比較言語学では、言語の比較にあたって、文法よりも基礎的な語彙の方が重視される。

例えば、この記事で紹介されている研究は韓国語で顔を意味する「ナッ」と日本語の「なつく」を対応させているが、対応させている単語が恣意的で、本来対応させるべき「ナッ」と「カオ(顔)」の発音の違いを無視しており学術的信憑性は薄い。。

くだらない 文学博士のホン・ユンギが「くだらない」の語源は「百済ない」で、「優秀な百済の文物がないことはみすぼらしいこと=百済・ない」が「くだらない」の起源であると主張している[113]。
しかし、江戸時代に酒の名所の灘・伏見などの「上方」で造られて江戸に「下ってきた」酒が「下り酒」と呼ばれていたように、「上方から下ってこない地元で作られたつまらないもの=下らぬもの」が「くだらない」の起源であるという説が最も有力である[13]。そもそも当時の否定形は「ない」ではなく「ぬ」であり、否定形は「動詞の未然形+ぬ」で表記されるものであり、名詞の「百済」に直接打消しの「ない」や「ぬ」が付くはずもないのは言語学の常識である。「下る」という動詞が未然形に変化して「くだら」+「ぬ(ない)」となって「くだらない」となる。さらに当時の一般大衆が「百済」という言葉の存在を知っているとは考えられず、ホン・ユンギの主張の信憑性は極めて薄い。

天照大神
卑弥呼 チェ・ユギョンが「日本の800万の神様のうち最高位である天照大神、つまり卑弥呼は韓国女性だった」と主張する『天照大神』という本を出版している。チェ・ユギョンはその根拠として「インカ、マヤのような高度文明を持った国で発達するといわれる太陽神が、当時韓半島よりも水準の低い邪馬台国で生じた事や、しかも女性であるということも変で、これが根拠だ」と主張をしている[114]。
しかし、そもそも「八百万の神」は「非常に多くの神」を意味した多神教を意味する呼び名であり数を表したものではなく基本的な知識がかけている。また卑弥呼が天照大神であるという主張も全く学問的裏づけのあるものではなく、文明の発達段階と太陽神信仰の関連付けをするのも非科学的である。韓国起源説では、ある創作物に尾ひれがついて真実として流布される例が多くあり(水野俊平の著作参照)、この起源説が今後真実として流布される可能性もある。

琉球
(沖縄) 韓国・成均館大学の博士学位である鮮于栄俊・首都圏大気環境庁長が、 沖縄の旧称である『琉球国』が『古代の鬱陵島住民の移住によって建国された』と主張している[115]。
竹島(名称) 韓国地名学会が、「竹島」という名前が竹島の韓国名「独島」(トクド)に由来するという主張している
ここで説明されている1900年10月25日大韓帝国勅令第41号の「石島」が今の「独島」であるという説の根拠は方言の発音という一点しかなく根拠に乏しい。日本の研究者には「石島」は現在の「観音島」を指すとするものもいる。少なくとも日本が現在の竹島を「竹島」と呼ぶようになったとき(1905年。それまでは「松島」と呼んでいた)には、朝鮮半島においても「独島」という語は一般化しておらず、また、「竹島」の呼称は自然発生したものではなく政府によって命名されたものなので、「独島」が訛って「竹島」になったという主張は無理がある。

釜石 韓国の製鉄メーカー「ポスコ」の人材開発院の教授で、児童文学者でもある李寧煕(イヨンヒ)が、地名の「釜石」は古代韓国語で「黒い上質の鉄」という意味の「ガマウッシ」が転訛したとの説を主張している。製鉄をした渡来人の存在と関連付け、「ガマ」は古代韓国語で「黒」「釜」、「ウッシ」は「上質(ウ)の鉄(シ)」を指し、 同市西部の「甲子」も「ガッシ」のことで、「ガ(磨く・製鉄する・鍛治をする)シ(鉄)」に由来すると主張している[117]。
しかし、古代朝鮮語はその存在からして全く解明されていない。公式には『釜石市史』で、アイヌ語の「カマ・ウシ・イ(kama・us・i)」→「カマ・ウシ(kama・usi)」の転訛で、その意味は「平盤岩が・ある・所」を語源としている。 またほかの説としてアイヌ語で「クマ・ウシ・イ(kuma・us・i)」→「クマ・ウシ(kuma・usi)」の転訛で、その意味は「サケ干し竿の干し場が・多くある・所」というのも一般的である[118]。

島根
九州
対馬
大和政権
古事記 小説家のピョ・マヌンが、韓国中央日報に寄稿して、韓国で捨てたごみが日本の海岸に漂着することを根拠に、慶尚道に住んでいた伽耶人が船に乗って島根に漂着し現地の支配者になり、出雲大社はこれら伽耶人を祭ったものであると主張している。さらにピョは、古代九州も伽耶人が統治した土地で、大和政権を立てたのは百済人であると主張し、「伽耶と百済が征服した日本の地は韓国のものだ」と主張している。また百済人が書いた『古事記』に任那の日本統治説がでるのも伽耶が九州を統治したことを裏付けるものであり、慶尚北道と島根県や、扶余市と熊本市が姉妹提携しているのもこれらの脈絡からくるものであると主張している。さらに対馬は昔から伽耶人や百済人が往来した拠点だったから韓国の地であると主張している(文中で日本人のことを「原住民」と記述)[119]。
生態系 韓尚勳・野生動物連合常任議長が、「日本の生態系の根は韓国」「韓国の優秀な生態系が日本に伝わった。日本の生態系の“根”が韓国であるということを日本人に知らせる」と主張している[120]。朝鮮半島と日本列島の地理的や気候的な差異を一切無視しており主張の根拠となる資料も考察も明示しておらず根拠不明。
ソメイヨシノ
(桜全般) 韓国の複数の学者・マスコミ・公務関係者が、一般に日本産のサクラとして知られているソメイヨシノ(染井吉野)の起源は本当は済州山(チェジュサン)の王桜であると主張している。この件に関し「日本が歴史教科書まで改竄している」とまで主張している。多くの主張者の間で1932年に小泉源一がソメイヨシノの王桜起源説を唱えたことが根拠となっているが、当時から疑問視されており、DNA鑑定により現在では否定されている。しかし韓国政府は王桜起源説を支持し、積極的に桜の植樹を行っている[121]。また、大田西区文化院事務局長は「桜花が日本に渡ったのは、韓国仏教が日本に布教された6世紀頃である」とし、その根拠として「日本桜の総本山と呼ばれる吉野山の所在地が538年から百済聖王が日本に仏教を布教した地である奈良県にあるから」と主張をしている。[122]。さらにチェ・ソンウク農協中央会教育院教授が、「日本には地元日本桜の自生群落地がないのに対し韓国には20ヶ所も自生地がある」と事実無根の主張をし、それを根拠として「桜が日本の花ではないもう一つの証拠だ。」と主張をしている。
しかし、現在では、ソメイヨシノの起源は、江戸時代の染井村(現・東京都豊島区駒込)で、オオシマザクラとエドヒガンの園芸品種のひとつであるコマツオトメの交配で生み出された可能性が極めて高いということが、DNA鑑定の結果判明している[124]。この王桜起源説が発生した理由については、桜が「日本帝国主義の象徴」として伐採されたりするなど忌み嫌われてきたが、結局その美しさに韓国人は抗えなかったという背景がある。つまり「日韓併合時代とその後に日本人によって植えられた韓国に残された美しい並木を残そう」という運動とマスコミ記事があり、それを正当化する手段として、「実はソメイヨシノ等の日本の桜の起源は王桜だ」と主張されはじめたのである。また桜が欧米で好評を博しているのを認知したのも理由のひとつである。

秋田犬 韓国動物保護研究会のユン・シングン会長が「秋田犬」を 珍島犬(全羅南道珍島産の犬)が現地化したものと主張している。[125] 一方、秋田県の公式サイトによれば、「秋田犬はヨーロッパからソビエトを経て北海道を経由して秋田に土着したもの」とのこと[126]。
錦鯉 金方園水族館が、池を作る技術が百済から日本に伝わったことと朝鮮半島の故事に鯉に関わるものがあることから、錦鯉のルーツを日本ではなく韓国にあるものとしている[127]。しかし4世紀の中国の書物にすでに様々な色のコイについての言及があり、この主張は韓国発祥の証拠にも日本に伝わった証拠にもならない(コイ自体は西アジア原産)。錦鯉と呼ばれる種類が出来上がったのは19世紀の新潟[128]。
カメラ付き携帯電話 朝鮮日報の趙義俊(チョ・ウィジュン)記者が、カメラ搭載携帯電話を韓国がはじめて製品化したと主張。実際は1999年9月にDDIポケット(現ウィルコム)より発売された、京セラ製端末のVP-210が世界初のカメラ付き携帯電話(PHS)である[129]。
長崎ちゃんぽん 釜山駅近くで中華料理店「中南海(チュンナンヘ)」を経営する衣が、中国のチャオマメンという麺料理が韓国華僑たちにより韓国に持ち込まれ「仁川地方の独特な食べ物」となり、日帝統治下に「ちゃんぽん」という日本語名が付いたと主張をしている(事実は、明治32年、長崎の中華料理店「四海楼」の中国人「陳平順」による。)[130]。また韓国語版wikipediaでも仁川由来説が記載されている。
イカ徳利 韓国のヒュデム食品が、2007年5月18日に行われた第42回発明の日記念優秀発明品展示会で、イカ徳利を「韓国の優秀発明品」として展示した[132]。イカ徳利は、北海道や三陸地方などのイカの産地ならではの土産物として、古くから販売されている。韓国で発明されたものではない。この件を問題視する声が青森県の公式サイトに寄せられている[133]。青森県は、韓国の特許登録第10-0634290号「烏賊酒瓶の製造装置およびその方法」によって、 日本から韓国へのいか徳利の輸出・販売に影響が出る可能性があると回答している。

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2009年04月15日 10:57に投稿されたエントリーのページです。

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